人と組織研究所 気づきナビゲーター 高橋貞夫

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2020年6月 1日

気づきをナビゲート(ビジネスサプリメント738号)

先日日経新聞の別冊に、野球評論家の権藤博氏(81歳)の面白いお話しが掲載されていた。氏は78歳で日本代表に参じるなど「生涯投手コーチ」の道を歩んでこられた。無理せず我慢せずという自然体が元気の秘密らしい。
中日ドラゴンズ入りした61年に35勝、翌年も30勝で連続最多勝、登板過多で肩を痛め、短い選手生活に終わった経験から、現代野球の継投理論を編み出した。98年横浜(現DeNA)を率いて38年ぶりのリーグ優勝、日本一。2017年ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表コーチ、19年に野球殿堂入りを果たした輝かしい経歴の持ち主なのだ。
中でも特に面白いエピソードが掲載されていたのでご紹介する。
新鮮さを保つ秘訣はと問われて「いつもハッとする瞬間を探していることかな。指導の勉強で米国のマイナーリーグに行ったとき、学校を出たての子が、何回練習しても出来ないのをみかねて、教えたんです。すると向こうのコーチに言われました。<ゴンドウ、教えてくれるのはありがたいが、ヤツのためにならないからやめてくれ>と。人に教わったことは忘れるが、自分でつかんだことは忘れない。だからオレは選手が自分で気づくのを待っていたんだ」と言われたそうだ。「それを聞いてハッとしましたね。教えるだけがコーチじゃない。あれ以来、ハッとする瞬間との出合いが生きがいになりました」と掲載されていた。そう「気づき」それを「実践」することが最も大事なことなのである。
即ち「教える」とは「気づきをナビゲートする」ことではないか。
私も「気づき」を大切にしているが、答えを教えてもらったことは「やらされ感」、自分で気づき答えを見つけたことは「達成感」につながるのではないだろうか?「気づき」の講演会をしていると、言うことは分かるが「時間」がかかるので、なかなか出来ないというご意見をいただくことがある。しかし時間がかかると諦めてはダメ、「気づかせる」根気と熱意が求められるのではないだろうか。

2020/06/01 08:30 |

2020年5月 1日

上が言っているから(ビジネスサプリメント737号)

「上が言っているから」という言葉は上司に弱いビジネスパーソンの心理を巧みに利用する言葉である。
「虎の威」を借りて自分の意見を通す目的で使われることもままある。だが「主体性に欠ける」と批判されるリスクもあり、実際に上司と打ち合わせをしたうえでこの言葉を使う訳ではないので、実名を出さずに「上」という言葉が出てくるのだろう。自責の世界か、他責の世界か、この言葉は明らかに「他責」の世界である。
あなたは職場で「上が言っているから」という言葉を使っていないだろうか。
また周りの人達もこの言葉を使っていないだろうか。「上がこう言うが、自分はこうだと思う」と言い切れるだろうか?「上がこう言うから自分には責任はないよ」の気持ちがありはしないだろうか?そのような組織は破綻が迫っている可能性大であると言っても過言ではない。
昔私が言ってもいないのに「店長が言っているから」というケースがあった。
誠に無責任な言葉であり、組織の赤信号点滅状態だった時もあった。
もう今ではあまりないがりん議書に印鑑を押す時と、保証人として印鑑を押す時は同じ気持ちや信念で押しているだろうか?りん議書は全員の責任であるし「赤信号みんなで渡れば怖くない」の心境が働かないだろうか?ひるがえって保証人は自分の責任という気持ちが働くものだ。「上が言ったから」はまさにりん議書的感覚ではないだろうか。「自分はこう思う!」と「上の言葉」を咀しゃく出来る人は必ず部下に信頼されるし、組織人として求められる人ではないか。
あなたの職場で「上が言ったから」と言う言葉が出たら、組織は「赤信号点滅」状態かも知れない。そのような状態が続けば、覚悟を決めて打ち破らなければいけない。
他責から「良い提案や気づき」が生まれないし、ましてや「改革」等とても出来ないことを肝に銘じよう。

2020/05/01 08:36 |

2020年4月 1日

信号の錯覚(ビジネスサプリメント736号)

以前に次のような話を聞いた。ビジネス上の打ち合わせのためお客様が発注依頼先を訪問された時のことである。最寄り駅から工場までかなりの距離があったのでお迎えの車に乗せてもらったそうだ。その途中に信号があり、信号の「赤」が異常なほど長かった。そのお客様がお迎えの方に「この赤信号は随分長いですね!」と言われた。そうするとお迎えの人も「やはり、そのようにお感じなりますか、実は訳がありまして、この道はご覧の通り狭いでしょう、今までは信号の間隔が短かったために、赤に変わりそうになると無理に突っ込んでしまう車が多く、事故が絶えなかったのです」と言われ、そこでもう少し赤でゆっくり待たそうということで、赤信号の時間をあえて長くしたという事だった。
「しかし、余計に事故が増えました、長く待たされるとドライバーはいらいらするのでしょう、信号が変わる寸前に待ちきれず、突っ込む車が増えて事故も更に多くなったそうです」とのこと。
次は警察の方に聞いた話だが「青信号で渡るのに小さな子供さん達に事故が多い」と言われた。話は単純で「青は大丈夫」と思いこみ、左右を確認せずに渡ってしまい、右折や左折の車を殆ど意識しないので巻き込まれる事故が多いらしい。
初めの話しは「ドライバー心理」を考えずに、帰納法的に考えた結果だからそのような現象が起きたのだろう。では今度は逆に演繹法的な発想をしてみて、
長くしたらどのようになるかという仮説を立ててみることだ。そして検証すると「やはりおかしい」という事が解かる。そうすると再度仮説を立てていくという事が欠落していたのだろう。
2つ目の話しも「青は渡れる」と思いこみ念のため左右確認が必要と教えられていなかったからかも知れない。
我々もビジネス上において、この事例に近いことに遭遇していないだろうか。
お客様や、相手の問題提起に対して現象面だけを改善して解決と思ったら大間違いである。
「相手の心理や行動まで読み取る力」をつけていくことが大切である。

2020/04/01 08:49 |

2020年3月 1日

捨てるもの・守るもの(ビジネスサプリメント735号)

人は変わろうとする時、捨てるものと守るものの両方を考えなければならない。人生の踊り場から次のステップへ踏み出すために、自己分析が必要である。
まずは捨てるものから、「モッタイナイ」が国際的になったようだが、思いきって捨てたいものは何か?それは「プライド」ではないだろうか。良い意味での職人気質や誇りは大いに持っていたいが、自分の転身に邪魔になるようなプライドはどんどん捨てていきたいものだ。「部長までやったのに」「専務として大勢の部下を使っていたのに」というような、つまらないプライドは捨てていこう。これは自暴自棄になることとはまた違う。ついつい「景気が悪いから」「あの人のせいで」と口にしてしまう「他責」と「言い訳」も捨ててしまおう。
「他責」にしてしまえば楽であるが、次へ進めない。自分のこととして考えればシンプルに整理が出来る。この時の「捨てる技術」はきっと後々まで役に立つものだ。年末に大掃除しても、まただんだんと不要の品が増えていくように、心も同じではないだろうか。
一方守るべきものは何だろうか?自分を守れるのは自分だという誇りである。自分自身の過去に得た本質的な学びも携えていきたいものだ。これは過去にこだわることとは別の意味である。例えばその守るべきものは、幼い頃両親や周りの人に学んだことではないか。人の悪口は言わない、困ったことは助け合う、というような学びである。学生時代に夜が明けるまで友人と語り合った熱い思いや理想ではないだろうか。部活動での努力は必ず報われると信じた青い気持ちである。どの学びにもその時々の真実がある。これらはこれからの人生にもまさしく役に立つはずである。信念、生き様、熱い思いなどは守り続けたい。
自分が自分であるためのシンプルな条件である。肩書がなくなっても自分であるが、生き方を曲げては自分でなくなる。捨てるもの、守るもの、変わるもの、変わらないものを、人生100年時代を迎え、峻別する知恵を持ちたいと思う。

2020/03/01 09:12 |

2020年2月 1日

思考停止(ビジネスサプリメント734号)

以前ある新聞に大手航空会社の客室乗務責任者のお話が掲載されていたのを思い出した。
羽田から伊丹便のチーフパーサーの時、サンドイッチを持ち込まれた男性を見つけたらしい。エリートビジネスマン風の方で、温かいコーヒーとおしぼりを差し上げたら、必ず喜ばれると思われて早速サービスされたそうだ。ところがそのビジネスマンは「私はコーヒーが大嫌いなんだ!」と拒否されたとか。
搭乗後のミーティングでそのチーフパーサーは「サービスに正解はない」ということを話されたそうである。いろいろなケースがあり、その場に応じた対応が大切とコメントされたらしい。だからお客様からクレームがきても、頭ごなしに部下を叱らないようにしているとのこと。「そんなことをしてはダメ!」、叱った途端、「頭の中が真っ白」になり、思考が止まりもうそれ以上のサービスをしなくなるものだ。
筆者もお店の閉店時、お客様のお見送りをしている時、重そうなお荷物の時は、大きなサービス紙袋を差し上げたところ、「いらない!」と断られた時があった。また店内をご案内しようとしてエスコートしたところ「私が行くから結構!」と言われた時もあった。ことほど左様にマニュアル通りのサービスでは通用しない時がある。こちらの思いは、相手の思いとは限らないのである。数々の企業をご支援していて感じるのは、トップが感情的に決めつけて「強く叱責」して「よく考えろ!」と言われる場面に遭遇したことも多かった。
そうすると部下は言われた時点で「思考停止」してしまうものなのだ。相手が何を考えているのかを把握して、部下が何故そのような行動をしたのかを思いめぐらせて「気づかせる」ことが大事なのは言うまでもない。管理職が権威を振り回して部下を罵倒叱責しても「思考停止」になってしまい、最終は言われたことだけしか出来ない指示待ち人間になってしまう恐れがある。何故なら
余計なことや言われないことをして叱責されたくないからである。そうするとその組織はお客様を見ず上司の顔しか見ないようになってしまう、結果的にお客様は離れていくしその人材も成長しなくなる。まさに「内向き、上向き」集団になってしまったら大変である。
大切なことは「相手の思い」を感じ取り、的確な言葉で相手に「気づかせる」
マネジメントが、イキイキ職場を作るのである。

2020/02/01 09:04 |

2020年1月10日

出羽の守(ビジネスサプリメント733号)

今世の中では人生100年時代が叫ばれているが、現実60歳を過ぎると再就職先を探すのは大変難しい。筆者の60歳代の知人で退職して6ケ月が経過してもなかなか次が決まらない方がおられる。書類選考で没になり、面接にまで進まないようだ。
大企業の中高年リストラでお辞めになり、再就職された時に使ってはならない「出羽の守」という言葉を思い出した。以前の職場を引き合いに出すので「前のさん」「元のさん」という別称まである。
そう言えばご支援していた会社でも「出羽の守」はおられた。ご本人はごく自然に発言されておられるのであろうが、他のメンバーは「また始まった」というような顔をされている。「元の職場と、今の職場」は違うのである。個別にご本人をお呼びして直接に示唆をしたことが何回もあった。
恥ずかしながら実は筆者も破綻して辞めて次の職場で「出羽の守」になったことがあった。決して無理やりにその会社のやり方に合わせろと言っているのではない。転職すれば与えられた与件の中で「パッション」「ミッション」「アクション」の3つを忘れてはいけない。むしろ「こんな時どうするのですかね?」と聞かれれば、「元の職場では〇〇でしたね」というようなやり取りが自然であり、今までの経験を活かさない手はない。問題は発言のタイミングや「場の流れ」を読むことである。また論理的に言わなければ、聞く人達に対しての説得力もないし、反発心だけが残るだけではないだろうか。
中高年で転職された場合に一番大切なことは経験上次の4つではないだろうか。
① 体力・気力は自己コントロールすること<自分自身しか出来ない>
② スキルは常に高める努力を怠らないこと<昨日のことは即陳腐化する>
③ 「誠実さ」を肝に銘じること<実るほど頭を垂れる稲穂かなである>
④ 「柔軟性」を心がけること<相手に対する感受性を高めること>
前職にこだわっていても何のプラスにもならない。特に柔軟性を持って「ものは言いよう」という言葉を思いだすことが大切である。

2020/01/10 08:58 |

2020年1月 1日

新年を迎えて(ビジネスサプリメント732号)

あけましておめでとうございます
今年は干支の最初である子年です。
人当たりがよく誰からも好かれる人気者のねずみ年は、誠実で思いやりに溢れています。それに加えて頭の回転が早いとも言われています。
また「どんな環境にも対応出来る適応能力が高い」「我慢強い」
「几帳面」といった特徴があるそうです。
今年は大きなイベント「東京オリンピック、パラリンピック」が開催されます。海外から大勢の方々が日本にお越しになるでしょう。
東京オリンピックは1964年にも開催されましたが、筆者は高校生でテレビにかじりついていました。「東洋の魔女」や「裸足のアベベ」「鬼に金棒、小野に鉄棒」を思い出します。
東京オリンピックは2回目であり「おもてなし」の心でお迎えしたいものです。
この一年は穏やかで大きな災害がなく、内に秘めた力で次への大飛躍の年になってもらいたいと強く思います。

2020/01/01 08:42 |

2019年12月23日

今年も残り少なくなりました(ビジネスサプリメント731号)

今年も残り少なくなりました
今年は元号が「令和」となり、新しい時代を迎えました。
平成から令和となった今年1年の世相を漢字ひと文字で表す
「今年の漢字」が京都の清水寺で発表され、新しい元号、令和の「令」の文字が選ばれました。
しかし大きな台風が3つも襲来し、千葉県をはじめ東日本の川の氾濫等で多くの被害を受けた年です。被災地の方々には心からお見舞い申し上げます。
思えば平成7年1月17日5時46分に突然猛烈な揺れを感じて飛び起こされた阪神淡路大震災が思い出されます。6434名の尊い命が奪われました。もしお昼だったらもっと大きな被害が出たことでしょう。阪神高速道路は捻じ曲がりバスが落ちかけて、住居は殆ど壊滅、三宮の建築物で残っているものはほぼなしと言う状況でした。あれから25年が経過しましたが、何とか復興出来たのです。
その時に思ったことは「あきらめない」と言う言葉でした。
被災地の方々の一日も早い復旧と復興を願いつつゆく年を見送りたいと思います。
どうか良いお年をお迎えください。

2019/12/23 14:21 |

2019年12月 1日

決断(ビジネスサプリメント730号)

ご支援していた会社で仕事を手一杯抱えておられる方がいた。その方は
「人も足りないし、自分がやった方が速いから人に任せられない」と言うではないか。そこで筆者が「まずは抱える案件の優先順位を判断されてはいかがですか?きっと問題点がはっきりしてきますよ」とお答えしたことがあった。
その後彼は仕事の一覧表を作成し、仕事のスケジュール化をされ、他の人にもある程度任された。そして優先順位を明確に判断して、場合によっては切り捨てるものも出て来た。今は非常に段取り良く、スピーディーに仕事を実践されるようになった。
判断という言葉から、筆者は入社間もない頃「早い判断か正しい判断か?」どちらが正解かをかなり上席の方に愚問したことを思い出した。その方曰く「早い判断!」とお答えになったことを思い出した。またまた筆者は愚問を繰り返し「どうしてですか?」と尋ねた。その方は即座に「判断というものにはタイミングがある、そのタイミングを逃すと何も残らない、やってダメなら修正すれば良いではないか」と答えられた。当時「なるほどなぁ」と思ったことがあった。
辞書には「判断」とは前後の事情を総合して物事の是非曲直(どうするのが一番良いのか)を決めることとある。それでは「決断」はどうだろう、なすべき行動、とるべき態度等を迷わずに決めることとあった。
言葉の遊びをしているのではない、今の時代に求められるのは「決断」ではないだろうか。
判断しても行動しなければ何の意味もない、決断は実践につながるのである。
自ら変革出来ないのは「決断力」が弱いと言わざるを得ない。先送り(あまりやりたくない)、前例主義(新しく考えようとしない)、思いこみ(柔軟に考えようとしない)のいずれかではないか。
早い判断をし、早い決断をしなければ実践には結びつかないものだ。
筆者も数知れず実践する場を逃した経験がある。大阪弁で「やってなんぼ!」
という言葉があるが、今まであまり好きな言葉ではなかった。しかし今の世の中の荒波を見るとまさにこの言葉が身にしみる。

2019/12/01 09:04 |

2019年11月 1日

画竜点睛(ビジネスサプリメント728号)

「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」という言葉がある。一般的には「頑張って描いたのに最後の最後で瞳(ひとみ)を入れるのを忘れていた、9分9厘出来ているのに肝心の1点が足りない」ことと理解されている。しかしルーツをたどれば、次のようなことらしい。昔中国に張という画の名人がいた。ある時、今にも天に昇ろうかという2匹の竜を書き上げた。ところが名人は、いっこうに瞳(ひとみ)を入れる様子がない。不思議に思い、目を入れて欲しいと皆が言うと「それは困る、せっかくの竜が天に昇ってしまう」と名人は言う。いくら何でもそれはないだろう。慢心だ、怠けているのだと皆本気にせず、点睛をせがんだ。しかたなく名人がしぶしぶ筆を入れると、瞬く間に激しい雷鳴がとどろき、天に昇って行ったという。絵の中には1匹のみが残ってしまった。名人が描いたのはまさに竜の魂であったということなのだ。竜の意味を理解し、魂を宿し、最後に点睛を行うという話から生まれた言葉だ。
企業において、瞳を点じるのは個々の現場の社員であることを忘れてはいけない。経営者は真剣に竜を描いたが肝心の点睛がなされず、天に昇らないということになっていないだろうか。それなりのプロジェクトを作り、建前上は立派な経営計画を作っているが、そんな企業ほど「不祥事」が発生するのは何故だろうか。
当面の数字に追われ、コンプライアンスが叫ばれているのに、まぁどこでもやっているという意識が働くのではないだろうか。
どうすれば竜に魂を吹き込めるのか?その解は社員1人1人が「自由にモノが言え「ワイワイ・ガヤガヤと話せる風土」があればいいのだと思う。何だ、そんな単純なことかと言われそうであるが、筆者はさまざまな企業のお手伝いをしながら、実際は自由にモノが言い合える環境や風土にはそうそうお目にかかったことが少ない。「上向き内向き」企業病におかされているケースが圧倒的に多いのが現実である。
竜に点睛、それは小手先の技術ではとても出来ないことなのである。よって社員と経営者が一体となり「気楽にまじめな話」が出来る風土づくりをして、点睛をすべき時が来ている。


2019/11/01 08:23 |

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